広島南道路の広島高速3号線、吉島〜宇品が開通に先立って歩行者に開放されたので歩いてみる。
午前10時30頃、吉島から高速道にあがる。
元安川と京橋川が合流した河口に向かう一本の川の、旧貯木場の上にかかっている新しい橋。
緩やかにカーブを描く橋は優美ではあるが、力技で自然に挑もうとしている人間の傲慢も感じた。
橋の上はスタンプラリーに参加している親子連れなどでごったがえしていた。
爽やかな風と、橋上からの絶景で、みんな笑顔。
交通が便利になることを喜んでいる人たちの声も、たくさん聞いた。
しかし、こちらは、心情的には江波の住人。
この建設中の高速道路の西端が、私の大切な場所にぴたりと照準を合わせているという事態に、心は曇る。
江波の方とばったり出会い、ぶらぶらと引き返す。
腕時計を見ると、午前11時を回っていた過ぎ。
宇品の港の前の公園で一休みする。
その公園も、頭上に新しく出来た高速道路も、「人」を二の次にして卓上でひねり出されたものが形になっているように感じた。
吉島にまわる。
『葦島』時代から、戦中・戦後の昭和、そして平成…。
そこは各時代の人間の暮らしの痕跡が入り乱れた、心温まる下町。
気持ちが安らいだ。
2010年4月18日日曜日
2010年4月17日土曜日
新しい水を求めて
自分を雑巾にたとえるのも変だが、ここのところ、バケツにつけてぎゅっと絞ったら、でてくるのは舟入散歩の水ばかり。
これはまずい。水をかえなくては、と思った。
そこで、アートに浸ることにする。
まず、ひろしま美術館「アンソールからマグリットへ ベルギー近代美術の殿堂『アントワープ王立美術館コレクション展』を観る。
アンソールの仮面の絵を期待して行ったが、見当たらず。見落としたのだろうか。
しかし、古い絵を観て心が落ち着く。
マグリットの、深みのあるブルーを背景に立っている樹の茂みに三日月が出ている絵に震えた。
広島県立美術館「オルセー美術館展 パリのアール・ヌーヴォー ―19世紀末の華麗な技と工芸―」にまわる。
アールヌーボー。
ガレやドームのガラス工芸や、家具、など、昆虫のモティーフ、盛り上げ技法の数々…。
日本の影響が色濃い。
先日、舟入公民館で講演された、江波にお住まいの 七代 金城一国斎 氏も語っておられたが、アールヌーボーに関わった芸術家たちは、高盛絵も目にしていたのだろうと思った。
七代 金城一国斎 氏は、西欧人は漆に弱い体質であるということをおっしゃっていた。
だから、日本の漆工芸をそのまま漆工芸として模倣するのではなく、ガラスや、その他彼らが得意としている技法に置き換えて表現したわけなのだろうが、作品のベースとなっている『心』は『日本』そのものだ。
先日取材した、ボーイスカウトの団体の方が、人を育てる方法の一つとして『良い芸術作品を鑑賞する』ということをあげておられた。
今日美術館で過ごした数時間は、私を成長させてくれただろうか、いや、成長させてくれたに違いない。
これはまずい。水をかえなくては、と思った。
そこで、アートに浸ることにする。
まず、ひろしま美術館「アンソールからマグリットへ ベルギー近代美術の殿堂『アントワープ王立美術館コレクション展』を観る。
アンソールの仮面の絵を期待して行ったが、見当たらず。見落としたのだろうか。
しかし、古い絵を観て心が落ち着く。
マグリットの、深みのあるブルーを背景に立っている樹の茂みに三日月が出ている絵に震えた。
広島県立美術館「オルセー美術館展 パリのアール・ヌーヴォー ―19世紀末の華麗な技と工芸―」にまわる。
アールヌーボー。
ガレやドームのガラス工芸や、家具、など、昆虫のモティーフ、盛り上げ技法の数々…。
日本の影響が色濃い。
先日、舟入公民館で講演された、江波にお住まいの 七代 金城一国斎 氏も語っておられたが、アールヌーボーに関わった芸術家たちは、高盛絵も目にしていたのだろうと思った。
七代 金城一国斎 氏は、西欧人は漆に弱い体質であるということをおっしゃっていた。
だから、日本の漆工芸をそのまま漆工芸として模倣するのではなく、ガラスや、その他彼らが得意としている技法に置き換えて表現したわけなのだろうが、作品のベースとなっている『心』は『日本』そのものだ。
先日取材した、ボーイスカウトの団体の方が、人を育てる方法の一つとして『良い芸術作品を鑑賞する』ということをあげておられた。
今日美術館で過ごした数時間は、私を成長させてくれただろうか、いや、成長させてくれたに違いない。
2010年4月11日日曜日
2010年4月8日木曜日
悠々タウン見学。EBAR。
悠々タウン江波の見学に行く。
恥ずかしいことだが、その予定を失念していた。
奇跡的偶然と言うべきか、その悠々タウンの人と印刷物の打ち合わせの電話をした直後、その施設内の包括支援センターの方から、見学会参加の確認の電話が入った。
これから参加者を車で悠々タウンまで送って行くところだという。
慌てふためき、タクシーで駆けつけた。
公民館から出た方がたより先に到着し、印刷物の打ち合わせを済ますことが出来た。
見学会の取材自体は、かなり満足の行く者だった。
実際に見て、施設の方の話を聞いて、悠々タウンという施設をかなり理解することが出来た。
見学会の後、知人の友人が経営されているということで、かねてより気になったEBARという喫茶店を訪ねる。
江波のスパークの前。階段をのぼって二階に店がある。
かわいい犬くんが迎えてくれた。
昨年の12月に開店されたという。
もともと閉店中の喫茶店だった店舗らしいが、窓が大きいところが気に入って借りたのだと店主の馬着さんはおっしゃった。
江波の昔に興味を持っておられるご様子。
日を変えて、また、ゆっくりお話を聞いてみたいと思った。
EBAR=江波R …?
恥ずかしいことだが、その予定を失念していた。
奇跡的偶然と言うべきか、その悠々タウンの人と印刷物の打ち合わせの電話をした直後、その施設内の包括支援センターの方から、見学会参加の確認の電話が入った。
これから参加者を車で悠々タウンまで送って行くところだという。
慌てふためき、タクシーで駆けつけた。
公民館から出た方がたより先に到着し、印刷物の打ち合わせを済ますことが出来た。
見学会の取材自体は、かなり満足の行く者だった。
実際に見て、施設の方の話を聞いて、悠々タウンという施設をかなり理解することが出来た。
見学会の後、知人の友人が経営されているということで、かねてより気になったEBARという喫茶店を訪ねる。
江波のスパークの前。階段をのぼって二階に店がある。
かわいい犬くんが迎えてくれた。
昨年の12月に開店されたという。
もともと閉店中の喫茶店だった店舗らしいが、窓が大きいところが気に入って借りたのだと店主の馬着さんはおっしゃった。
江波の昔に興味を持っておられるご様子。
日を変えて、また、ゆっくりお話を聞いてみたいと思った。
EBAR=江波R …?
2010年4月5日月曜日
2010年4月4日日曜日
「ほぉ〜江波!マップ」完成おめでとう! 打ち上げの花見
江波にお住まいの方々、舟入公民館の職員さん、広島市からまとめ役として足を運んで下さった方々の力が結集された「ほぉ〜江波!マップ」が完成。参加された方々が江波山に集まり、お花見をした。
変化して来た江波の歴史、まさしく今の「旬」な江波、今後変わりゆくであろう江波。
様々な要素を盛り込んだ、最新の江波のマップ。
すばらしいものが出来上がった。
それだけに、広げられたシートの上で、みんな楽しげにくつろいでおられるようす。
こういう企画に参加させていただいて、江波の町を知ることができたし、さらに江波が好きになった。
また、江波に古くからお住まいの方とお話した。昨日行った十軒屋あたりと縁が深いとおっしゃり、うれしかった。
お花見の後半には、海宝寺のご住職がお見えになり、お話を聞いた。
帰り、ご住職にさそっていただき、海宝寺の本堂で歴史等のお話を伺う。有意義な一日となった。
変化して来た江波の歴史、まさしく今の「旬」な江波、今後変わりゆくであろう江波。
様々な要素を盛り込んだ、最新の江波のマップ。
すばらしいものが出来上がった。
それだけに、広げられたシートの上で、みんな楽しげにくつろいでおられるようす。
こういう企画に参加させていただいて、江波の町を知ることができたし、さらに江波が好きになった。
また、江波に古くからお住まいの方とお話した。昨日行った十軒屋あたりと縁が深いとおっしゃり、うれしかった。
お花見の後半には、海宝寺のご住職がお見えになり、お話を聞いた。
帰り、ご住職にさそっていただき、海宝寺の本堂で歴史等のお話を伺う。有意義な一日となった。
2010年4月3日土曜日
十軒屋
狭い路地の角の『十軒屋』の道標の前に立つ。
少し救われるような気持ちがこみ上げてきた。
昔、そこが島であった頃、最初に人が暮らし始めた場所らしいと、郷土誌で読んだ。
近くの山には水軍の城があったと言われているが、当時の人々の生活はどんなものだったのだろうか。
島に人々が取り付くように暮していたという成立の条件が似通っているせいか、江波の『五軒町』と雰囲気が似ている。
ヒーリング・スポットというやつかもしれない。霊気を感じる。
『◯軒◯』という地名を巡って歩いたら、面白い発見がたくさんあるのではないか。
ふたたび歩き出す。
狭い路地を抜け、ぼんやりと道なりに進む。
火災に見舞われ、現在再建中の神社の下を通る。
バスで、県庁まで出る。
交差点の下の円形の広場で中古レコードの即売会をやっているが、その光景を見てもさっぱり心はときめかない。
電話が入る。
切れ切れに、相手の声が聞こえる。
人ごみの中で、声を精一杯出して応えようとするが、声にならない。
裂けた心は、さらに黒く塗りつぶされていく。
少し救われるような気持ちがこみ上げてきた。
昔、そこが島であった頃、最初に人が暮らし始めた場所らしいと、郷土誌で読んだ。
近くの山には水軍の城があったと言われているが、当時の人々の生活はどんなものだったのだろうか。
島に人々が取り付くように暮していたという成立の条件が似通っているせいか、江波の『五軒町』と雰囲気が似ている。
ヒーリング・スポットというやつかもしれない。霊気を感じる。
『◯軒◯』という地名を巡って歩いたら、面白い発見がたくさんあるのではないか。
ふたたび歩き出す。
狭い路地を抜け、ぼんやりと道なりに進む。
火災に見舞われ、現在再建中の神社の下を通る。
バスで、県庁まで出る。
交差点の下の円形の広場で中古レコードの即売会をやっているが、その光景を見てもさっぱり心はときめかない。
電話が入る。
切れ切れに、相手の声が聞こえる。
人ごみの中で、声を精一杯出して応えようとするが、声にならない。
裂けた心は、さらに黒く塗りつぶされていく。
